
2007年02月22日 16:19
何だかんだと言って、それで英語がしゃべられるようになったら、それはそれでやはりこれからの世の中、便利は便利であります。
私は社会人になって最初に勤めた先が外資系の金融機関だったものですから、まったく役に立たない自分の英語をフルに活用して、しどろもどろになりながらも部署内外を歩き回ったものです。
ニュージーランド人の一見温厚そうな上司から
「Did it(その作業は終わったか)?」
と質問されたのを発音を聞き間違え、
「Dead(死んだか)?」
と聞かれたのかと思い、私が驚いた顔で、
「Who(誰がですか)?」とたずねたら、
先方は「You(君がだよ)」と答える。
私が「Me?No,No,No,I live(私がですか?いやいやいや、私なら生きてますよ)」、
こんなトンチンカンなやり取りを永遠に繰り返していてよくリストラされなかったものだなと今ではその会社の懐の深さにあらためて感謝している次第であります。
英語を早いうちから習うことで仮に身につくならば、身につけておくことに越したことはないと思います。ましてや、幼いころから親しんだ方が、早くに習得できるというのであればそれはなおのことであります。
一方で、よく言う、「英語の前にまずは日本語だ」という議論。
なるほどという気もしないわけでもありませんが、英語はあくまで、何と言うか、ピアノや水泳の習い事のようなもので、英語を早くに勉強したからといって日本語が話せなくなるとか、日本人としてのアイデンティティーがどうかするとか、そうしたことはないと私は思いますね。現に世界では第一言語しか話せない日本人のような割合の方が少ないといいます。多くの国の人たちは母国語と第二言語をもっているそうな。うらやましいかぎりです。
日本人が日本で普通に暮らして、その中で英語を勉強して、結果、英語しか話せない日本人が誕生したら、これは奇跡といえるのではないでしょうか。
入社当時、私が英語コンプレックスで頭を抱えていたとき、敬愛するボスが私にかけてくれた言葉が今でも忘れられません。
「最悪なのは、英語が話せて仕事が出来ないやつだよ」
いい上司にめぐり合えたものだと感謝しております。
杉村太蔵